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 <かっぱの新学期その1>-変身する子どもたち
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父親の変化

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3月は”別れの季節”。
17人のうち7人の子がかっぱを出て他の保育園へ移っていった。

「残る」「出る」の決断は親に委ねているのでそれぞれ家族会議(?)で決めたり、親同士が「うちは来年もいるから一緒にいようよ」「でもねぇ…」と話し合ったり…

ここ何年かは10人以上が残ることが多く、運営的には赤字を抱えこまなくてもすむし、なじみの付き合いが続くので、保育する側としては嬉しい限りだが、4月当初からならし保育も含めてフル稼動の状態が続くので「身体的にはきついよね」との複雑な心境ではある。

さて、ここに卒園する親が最後の日のノートに書いた一文がある。

「母も成長することができました。変にワクにとらわれず自分の気持ちのいい状態で息子と付き合っていけばいいと気づかせてくれたのはかっぱです。」
「息子には兄弟のような、母にもすばらしい仲間ができました。」
そして「父も変わりました。」「父と母同等に子育てするという感じになった」と。

私は、父も変わった、男が変わったということがよかった、嬉しいと思うのだ。
女の場合、妊娠・出産・子育てという一連の流れの中でより美しく、よりたくましく、よりしなやかに変貌して行くことができる。私にはこの27年間、そういう女たちをた~くさん見てきている。
それにひきかえ、男たちの変らなさときたら「あー情けない」と嘆きつつ「女に負けるな」「男たちよ、自立せよ」の思いをこめて、子どもたちとのつき合いを27年も続けてきているのだ。

私は、男が変れる最大のチャンスは子どもとのつき合い、だと信じている。
それも産まれた瞬間からの。
残念ながら父乳(?)は出ないから、おっぱいを飲ませることはできないけど。
抱っこすることはできる。
オムツを替えることはできる。
そばにいることはできる。
安らかな寝顔を見ることはできる
(これはほんまに何事にも変えがたい、宝物にたいなものだ)。

できるだけ早いうちからできるだけ長い時間子どもと一緒にいることで、泣く子、ぐずる子、甘える子などその子のすべてを知ることができる。
しかもその子が日々刻々成長するから、一瞬前と違う子になって行く様子を見る事ができる。
これはまさにキミの人生にとって得難いチャンスなのではないか。
私が子ども、特に赤ちゃんとの密なつき合いをおすすめする所似である。

このごろ保育園の送り迎えする男は多い。
上記の彼も毎朝きていたし、会議や宴会など夜の行事にもまめに顔を出していた。そこでは他の子や他の親と付き合うことになる。そこでは自分の子と他の子との違いを見る。そしてその違いを認めるようになる。
「それぞれ違っていいんだ」
「違うことがいいんだ」

これはただ子どもを預ける・預かるの保育園とは違う、いわゆる”共同保育”のかくし味(?)みたいなものだと思うが、特に男たちにとっては新鮮な"世間”であるだろう。
かくして保育所でのつき合いは、男が変貌できる第2のきっかけとなりうる。
私がそこにい続けている一つの動機でもある。

だから「父が変りました」と評価されたのは、
それこそ彼女がいう「かっぱのおかげ」なんだけど、
その父が普通の保育園に移ってなおどんな風に成長(?)・自立(?)していくか、
楽しみながらつき合い続けたいと思っている今日このごろ。

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